無意識に行われてる出会い
男女に恋愛の始めりは出会いがなければ起こりません。その出会いにはいろんな形があって、方法も様々です。時代によってもその出会いの形も変わってきました。その出会いは人と人との繋がりが始まりです。しかも、それは日常に溢れています。しかし、その出会いには意味があるものなのでしょうか。その出会いによって何かを感じて、または考えさせられることによって、自分の頭の中や心の中に刻まれるものがあるか否かによって意味があるものなのかが決まるのではないでしょうか。その後に何ら影響を及ぼさない、もしくは何の関係もない出会いもあれば、意味があってもその後すぐに終わってしまう出会いも山ほどあります。それは自分でも気が付かないうちに過ぎ去っているもので、そう思うとその出会いのひとつひとつも、もったいない気もします。しかし、それは過ぎ去っていても構わないのです。すべての出会いに目を向けていたのであれば、精神的に疲れてしまいます。
多くの出会いの中で、特に印象が残るような出会いの場合は、その瞬間である程度本能的に判断できるものなのです。したがって、そこまで意識するほどでもないのです。学校や職場など集団の中でも出会いもあると思います。その集団の中でも出会いも無意識の中で選ぶという作業をしてしまっているのです。そんな狭い限られた空間の中ではなくて、もっと広い世界で出会いを求めたいんだと思う人もしるかもしれませんが、その集団や空間にいることこそ奇跡である、運命なのです。また、仲が良い悪いとか、話したことがあるなしに関係なく、その集団に属している事こそ運命なのです。そこで視野を広げてみてみると運命の出会いが眠ったいるかもしれません。
皆さんの中には合コンをやったことがある人も多くいると思います。そのような場では、意図的に出会いを目的として男女が出会って話をします。本来、無意識の中で行われている異性の選別を少し意識的にしてしまう場でもあります。この場合、相手を意識することによって、余計な力が入ってしまうものです。そうなってしまっては、うまくいかなくなることもあるでしょう。いつも通り自然体でいれば、出会いの先に進むかどうかの判断は本能が自然にやっていれるのです。しかし、その場であると緊張によって力が入り過ぎてしまいますので、意識的に判断しようとすると、なかなかうまくはいかないものです。そう考えると出会いを目的としていながら、このような場は効率が悪いのでしょうか。